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詩人 金子光晴

 昭和50年に80歳で逝った金子光晴の一冊が「ちくま日本文学全集」にあることに長い間気づかなかった。積もった埃をはらいぼくはお詫びするおもいででその小さな本を開いた。詩人の茨木のり子が解説を記している。一昨年、東海道の根府川の駅前の立て看板でぼくはこの詩人に出会った。
「女へのまなざし」という題で彼女は書いている。

「こどもの頃から八十一歳で生涯を終わるまで、(金子は)よく飽きもせず女を視つづけたものだと感心する。
 まだ二十代の青年の頃、京都で二、三ヶ月、ふらふらしていて、吉田山の下宿先のカリエスの娘と交渉を持つに至る。身体障害のその娘のやさしさにほだされて、結婚さえ考えるが、『金子さん、偉うなっておくれやす』という言葉に送り出されるように京都を去る。
 その時、京都駅にその娘の母親が駆けつけてきたので、すわ、いかばかりなじられるかと身がまえると、その母親は、『あんさん、うちの娘をよくそおんなにしてくれはりました。一生、男を知らずに終わるところでした』と、丁重に礼を言われて、二度びっくりして、『その時、女というものがわかったような気がした』」と光晴の若い時のエピソードを引用している。

 かくして、「女たちへのエレジー」など、金子の女性への哀切で深い探求は、「マレー蘭印紀行」等の放浪を経て、生涯にわたってつづけられていったものだ。
「天地の無窮に寄りつくために、人間に残されているのはセックスしかない」
これにまさるセックスの定義はないと、茨木は感嘆しているが、ここに金子光晴の肌身の実感が直截に出ていて、フェニミズムなどという思想とは別儀の愛情の言明というしかないだろう。
「恋人よ。/とうとう僕は/あなたのうんこになりました。・・・・」(「もう一篇の詩」)

 空々漠々の宇宙に対抗するいじらしくも滑稽・寂寞な水音を、金子はみごとな擬音語に託して詩に定着させた。ついでに日本人の誰もが目にしたくない姿を赤裸に記した「日本人の悲劇」があるが、これはいまは略す。序でに、光晴は早稲田、東京美術、慶応に入学していずれも退学している。友人が大学でつれあいの森美千代の子息である森乾にフランス語を習ったと仄聞した。教室のむさ苦しい男ばかりの群れをみて、「アテネフランセ」へ行くことを薦められたらしいが、いかにも光晴の息子らしいと笑ってしまった。


 「洗面器」
 
(僕は長年のあひだ、洗面器というふうつはは、僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思ってゐた。ところが、爪哇(じゃわ)人たちは、それに羊や、魚や、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木の木陰でお客を待ってゐるし、その同じ洗面器にまたがって広東の女たちは、嫖客の目の前で不浄をきよめ、しゃぼりしゃぼりとさびしい音を立てて尿をする)

 洗面器のなかの/さびしい音よ。

 くれてゆく岬(タンジャン)の/雨の碇泊(とまり)。

 ゆれて、/傾いて、

 疲れたこころに/いつまでも

 はなれぬひびきよ。
  
 人の世のつづくかぎり/耳よ。おぬしは聴くべし
  
 洗面器のなかの/音のさびしさを。



       

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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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