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記憶に残る講演者たち

 いままでに、様々な人の講演を聴いた。政治家、経済人、作家、評論家、詩人、写真家、物理学者にタレント等々。
 記憶に残った人の発言、その面貌、立ち姿、声の音質、聴衆の反応を、フラッシュ・バッグのように思い出すことがある。その断片の印象と内容なりとを、数人、残しておくのも悪くはないだろう。
 よく響く野太い声のその高名なる作家は、全身を黒い装いで壇上に立っていた。半袖シャツからのびた二の腕は、剣道の稽古で隆々として太く、ボディービルで鍛えられた胸は、鉄板を想わせた。奔放に口からでる言葉は、そのまま文章になるほどの彫琢をへているように、明解かつ能弁であった。余人には窺い知れぬ、切羽つまったような緊張が全身をそのぎらぎらした両眼と相俟ち、抜き身の真剣のように、危ない光りを湛えてそそり立っているようであり、小柄な背丈の背後には虚無の闇が深淵を開け、野獣のように踞っているかのような印象を与えられた。だが、どこか疲労の翳が忍び寄っている気配も感じたが、それを打ち消すような高笑いのうちに子供ような無邪気な笑顔が覗いていた。
ーもし適当な方がいるのなら、私も太宰さんのように心中をしたいと思っているですがね。
と、会場にいるらしい女性の方へ演壇から悪戯っぽい眼差しが注がれると、会場から笑いが湧き起こった。だが私の胸中のどこかは知れず、「痛ましい」という感情が渦巻き、壇上の人物を正視していることが苦痛にさへ思われた。講演が終わり、講堂から出てくると、友人と偶然顔を合わした。その男とそのまま茶房に行き、珈琲を飲んだ。
 「あの人はもうじききっと死ぬね」。私は自分がその時懐いた直感を、その友人へ呟いたのを覚えている。そして、私の予言どおりに、その作家は自決した。友人から手紙が届いたのはその直後だった。「あなたは恐ろしい人だ」というような一文が記されていたが、それから、その友人も突然のように、四十代で亡くなってしまったが、寸鉄人を射るような苦言を呈する男とは思えない幕切れだった。
 詩人で評論家の吉本隆明は、学生時代と小林秀雄の追悼講演とその他一回、都合三回の講演を聞いた。追悼講演の印象からは、抽象的な独自語が多いが、その思考の射程と深度が途方もなく大きいという印象をうけた。多分、マルクスの資本論を相当読み込んで、自分の血肉のものとしていると推測された。私は社会へ出るときに、この人のものは思想関係の本と一緒に、古本屋にぜんぶ売り払った。素っ裸で社会へ入っていきたかったからだが、そこは退屈な牢獄であった。
 政治家では、松村謙三と中曽根康弘、それに宮沢喜一だが、松村には中国への懇篤な理解度を、中曽根にはバランスのいい高感度なアンテナを、宮沢には線は細いけれども、官僚としては抜群な頭の良さを感じた。政治家へ転身した石原慎太郎には、驕慢なエゴ以外、なんの魅力も感じなかった。
 写真家の藤原慎也には、幻視と透視力の目、旺盛な好奇心に随伴する逞しい行動力をみた。民俗学者の宮本常一を写真家にすると、この写真家になるような気がした。
 また、名前は失念したが、宇宙物理学者の一人の人間からは、アメリカに対抗しての日本独自の電子計算機の開発が頓挫した内幕を聴かされた。そこには、同盟国家同士の鎬を削る水面下での暗闘が透いて見え、それが後の日本の政治と経済に及ぼした、負の遺産としていかにその後の日本の国家戦略の力を殺ぎ、視野狭窄の袋小路へと日本を導いたかを知らされた。また同時に、地球環境の悪化が予想外のスピードで進んでおり、その元凶が地球に優しくなれない人間活動にあるという、非常に早い時期での情報を得た。その実態は、海に潜っていた私にはよく実感できたものだったのだ。海は年々その姿を変え、海の生物の種は絶え、魚群は淋しいものになっていたからだ。
 中国文学者、竹内好の講演は、茫洋とした中に看過しえない鋭い洞察があり、それは私の脳裏に確実に刻まれたように思われる。以後、この人の著作は注意深く読むようになった。
 その他、広津和郎、秋山駿、大江健三郎、吉田秀和、植木等、加藤周一、今東光、平出隆、小椋桂、柄谷行人、それに私が企画したセミナーにお呼びした、白石かずこ、安藤元雄、高橋順子の三人の詩人、その他、経済界の人達等々、見て聞いたはずたが、いまでえは朦朧たる記憶の靄の中にみな霞んでしまったようだ。
 ともあれ、人間はその姿、その声を、見たり聞いたりしないかぎり、単なるデジタルな間接情報では、なにごとも伝わらないのだということだけは、どうやら、真実らしく思われてならない。



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テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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